近年、企業や組織のIT環境はクラウドやリモートワークの普及により急速に複雑化しています。従来の境界型セキュリティ(Perimeter-Based Security)がもはや十分な防御策とはいえない中、注目を集めているのがゼロトラスト(Zero Trust)セキュリティモデルです。本記事では、ゼロトラストセキュリティモデルの概要、特徴、導入におけるメリットや考慮点などをわかりやすく解説します。
従来型セキュリティとゼロトラストの違い
従来の境界型セキュリティとは?
企業ネットワークや組織内システムを“内部”と“外部”に分け、ファイアウォールやVPNなどで「外部の脅威」を遮断しさえすれば、基本的には安心だという考え方が境界型セキュリティです。
- 内部:信頼できるネットワークやシステム
- 外部:インターネットを含む未承認のネットワーク
かつては社内デバイスがオフィス内に存在し、社内システムもオンプレミスで運用されるケースがほとんどだったため、このモデルは一定の効果を発揮していました。
ゼロトラストセキュリティモデルの登場背景
クラウドサービスやSaaS、リモートワークが普及した今では、従来の「境界」は曖昧になりつつあります。ネットワークの境界を強固にしても、クラウド環境・自宅・カフェなど多様なアクセス経路を通じて攻撃が行われる可能性が増大しました。
そこで登場したのが、「信頼しないことを前提に」すべてを検証するという発想のゼロトラストセキュリティモデルです。組織内でも外部でも、アクセスを行うすべてのトラフィックや端末を検証し、最小限のアクセス権のみを与えることでリスクを最小化します。
ゼロトラストセキュリティモデルの基本原則
1. 「常に検証する(Never Trust, Always Verify)」
従来のように「内部なら信頼できる」とするのではなく、アクセス要求がどこから来ようと「まずは信頼しない」ことを基本とします。ネットワーク内外のすべての通信やリソースへのアクセスに対して、ユーザーとデバイスを厳格に認証・認可します。
2. 最小権限の付与(Least Privilege)
ユーザーやデバイスに割り当てる権限は、業務に必要な最小限の範囲にとどめます。万が一侵害された場合でも被害を最小化できるのが強みです。
3. マイクロセグメンテーション
ネットワークを細かいセグメントに分割し、仮にあるセグメントが侵害されても、他の部分への拡大を防ぎます。セグメント間の通信も、必要最小限に制限することがポイントです。
4. 継続的な監視とログの分析
アクセス権を与えるだけで終わりではなく、定期的・継続的にユーザーとデバイスを監視し、ログの分析を行います。異常なアクセスがあれば検出し、素早く対処できる体制を整えます。
5. デバイスコンプライアンスとリスク評価
ゼロトラストでは、ユーザーだけでなくデバイス自体の安全性も重要です。OSやソフトウェアのバージョン、セキュリティパッチの適用状況などを随時チェックし、リスクが高い場合はアクセスを制限する仕組みが必要です。
ゼロトラストがもたらすメリット
- 柔軟なワークスタイルへの対応
リモートワークやクラウド利用が当たり前になった現代において、ゼロトラストは場所やデバイスを問わず安全にアクセスできる基盤を提供します。 - 内部脅威への対策強化
社内ネットワークだからといって安全という保証はありません。内部者や内部に潜むマルウェアからの攻撃に対しても、アクセス制御と継続的な監視により被害の拡大を防ぎます。 - 被害範囲の最小化
万一どこかで侵害が起きても、マイクロセグメンテーションにより攻撃者が横展開しにくくなるため、被害を限定的に抑えられます。 - コンプライアンス要件への対応
厳格なアクセス管理やログ監視が行えるため、各種のセキュリティ規格や法令遵守の観点からも有利です。
ゼロトラストの導入における考慮点
1. コストと複雑さ
ネットワーク構成や認証基盤の見直し、エージェントの導入、運用体制の構築など、多方面にわたるコストが発生します。また、従来の一括管理からマイクロセグメンテーションを行うには技術的にも運用上も高度な専門知識が必要です。
2. ユーザーエクスペリエンスへの影響
厳格な認証プロセスを導入することで、ユーザーのログイン手順が増える可能性があります。ただし、シングルサインオン(SSO)や多要素認証(MFA)などを組み合わせることで利便性と安全性を両立することも可能です。
3. 既存システムとの統合
レガシーシステムやオンプレミス環境が完全になくなるわけではないため、新旧のシステムをどのように連携させるかが課題となります。ハイブリッド環境でのゼロトラスト導入には、段階的なアプローチが求められます。
4. 組織内の意識改革
技術面だけでなく、従業員や経営陣の理解と協力が不可欠です。セキュリティに対する意識を高め、従来の「内部なら安心」という認識を改める啓蒙が必要になります。
ゼロトラストの導入ステップ例
- 現状分析と目的の明確化
まずはネットワーク構成や既存のセキュリティ対策を棚卸しし、ゼロトラスト導入の目標を定義します。 - 優先度の決定
すべてを一度にゼロトラスト化するのは困難なので、重要度の高いシステムやデータから優先的に取り組みます。 - ID・アクセス管理の強化
MFAやSSOの導入、権限管理システムの整備など、ID管理の基盤をしっかり構築します。 - ネットワークのマイクロセグメンテーション
アプリケーションやシステムごとにネットワークを分割し、通信制御を行います。 - 継続的なモニタリングとログ解析
アクセスログを蓄積・分析し、異常を早期に検出する仕組みを確立します。 - 運用体制とポリシーの整備
定期的にポリシーを見直しつつ、組織全体でセキュリティ意識を高めていきます。
まとめ
ゼロトラストセキュリティモデルは、**「常に検証し、最小限のアクセス権のみを付与する」**という新しいセキュリティの考え方です。リモートワークやクラウドが当たり前になった現代にフィットし、従来の境界型セキュリティでは対応しきれない脅威に対しても強力な防御策となります。一方で導入にはコストや技術的なハードルも存在し、組織としての意識改革や統合的なアプローチが不可欠です。
これからの時代、企業が継続的に成長し、デジタルトランスフォーメーションを推し進める上で、セキュリティをいかに確保するかは大きな課題です。ゼロトラストセキュリティモデルを理解し、自社のシステムや環境に最適な形で取り入れることで、強固かつ柔軟なセキュリティ態勢を築いていきましょう。
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